東京地方裁判所 昭和49年(ワ)258号
原告(選定当事者)
田島定男
右訴訟代理人弁護士
高野長幸
被告
世田谷富士交通株式会社
右代表者代表取締役
柿木卓美
右訴訟代理人弁護士
菊池史憲
右訴訟復代理人弁護士
上野伊知郎
右当事者間の退職金等請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
被告は原告に対し選定者野口一勇関係で金四万五四八六円及びこれに対する昭和四八年八月一九日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を、選定者深井敏之関係で金六万八八六六円及びこれに対する昭和四八年八月一九日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
原告その余の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決の第一項は仮に執行することができる。
事実
原告は、「被告は原告に対し別紙(略)債権目録中退職金等の残額欄記載の金員及びこれに対する昭和四八年八月一九日以降完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。
原告は、請求の原因として、
「一 原告を含む選定者は光陽自動車株式会社(以下、『旧会社』という。)に雇用され、運転手として勤務していた。旧会社は昭和四七年三月一〇日商号を変更して被告会社となった。
二 旧会社は昭和四六年一月末日事実上倒産し、従業員を解雇せざるを得ない状態になったので、同年二月二日原告を含む選定者所属の光陽自動車労働組合(以下、『組合』という。)との間で協定を結び、退職金・解雇予告手当金名下に当時の組合員全員に対し合計三〇〇〇万円を支払う旨約した。
三 右三〇〇〇万円について組合員各自に対する配分がなされ、原告を含む選定者の取得した債権は別紙債権目録中『退職金等の総額』欄記載のとおりとなり、四月一〇日右各債権を担保するため、旧会社所有の建物(東京都世田谷区上用賀四丁目一五二番地三、家屋番号一五二番三の一、鉄骨造及び木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建事務所一棟一階二一・六〇平方メートル、二階二一六平方メートル)に対し抵当権設定契約がなされ、同月二四日その登記を経由した。
四 被告会社は昭和四八年八月一八日原告を含む選定者に対し別紙債権目録中『退職金等の総額』欄記載の債務のあることを承認し、その弁済を約した。
五 原告を含む選定者の有する債権は、次のような経緯によって取得した。即ち、原告を含む選定者の所属していた組合は、昭和四六年二月二日旧会社との間に、組合員各自が有していた退職金・解雇予告手当等の総額を旧会社側提供の資料や帳簿によって計算確定して旧会社において三〇〇〇万円を支払う旨約し、双方ともこれを承認し、旧会社と組合側が共同して勤続年数・賃金額に比例して公平妥当に各組合員の配分額を算出して各自が取得すべきものとし、これを担保するため前記建物に抵当権設定登記を了したのである。
本件の所謂労働債権はこのようにして発生し、各自に帰属するに至り、特定されて抵当権付債権として登記されたうえ、書面によって確認されている。これが登記簿上『給与債権』と表示され、協定書で『退職金解雇予告手当』と表示されていても、結局は昭和四六年二月二日協定成立の日、あるいは遅くとも同月一〇日登記原因として表示された日に、旧会社が当時従業員であった原告を含む選定者に対し一定の金員(登記簿上極度額として表示されている金額)の支払を約した雇用契約上の債権であることは否定できない。債権の特定としてはこれをもって足りると解すべきである。従って、右の如く特定の発生原因と一定の金員の支払を負担している以上、右債権の内訳として右金員の中に含まれているのが退職金・解雇予告手当だけであるか否か、一時金や未払給与も含まれているか否か、あるいはまた各費目毎の金額がどうなるか等細分化する必要はないというべきである。
旧会社は昭和四六年一月末日倒産し、その後旧会社の建物・車両・備品等を税務署・健康保険組合等その他債権者に差押えられ、運転資金の導入も不可能であった。車検切の車両は放置され、営業停止処分を受けた車両も続出し、稼働可能な車両は僅かであった。改訂運賃も旧会社には適用されなかったため、運賃収入は微々たるもので、これも組合の管理下に置かれていた。旧会社の経営者は経営意欲を喪失し、事業免許返上・企業閉鎖を企図し、旧会社所有の土地も処分して労働債権を支払うと表明しながらも、適当な買手がなかった。組合は支払があるまで土地建物を占有し、業務と運賃収入を管理していた。原告を含む選定者は乗務しようにも車両がないため稼働できず、月収は激減・絶無となり、事実上解雇同然の状態に陥り、生活防衛のため他社への転職を余儀なくされた。これは任意退職ではなく、整理解雇に相当する。原告を含む選定者が本件債権取得後組合を脱退し、旧会社を離れても、本件債権には何らの消長を来すものではない。
なお、笹川一派の組合員は労働債権三〇〇〇万円の中から配当金を含めて少くとも二二〇〇万円を得ている。これは原告を含む選定者と同様に登記された債権額の合算額に符合する。被告会社の現代表者柿木卓美が旧会社の代表者富田健一に支払うべき会社譲渡代金の中から従業員に支払うべきものを保留していたが、これから配当金を除いて支払った。原告を含む選定者もまた確定した抵当権付債権をもっている以上、笹川一派と別異に取扱われる理由はない。また、中途で笹川一派と訣れたからといって、この権利に消長を来たす筈はない。
六 原告を含む選定者は前記建物の競売による売得金から別紙債権目録中『受領額』欄記載の金員を受領したので、これを控除した同目録中『退職金等の残額』欄記載の金員につき、被告に対しその支払とともにこれに対する弁済期の翌日たる昭和四八年八月一九日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」
と述べ、抗弁に対し、
「抗弁事実中原告を含む選定者の代表数名が昭和四八年八月一八日有限会社柿木総合開発において松本・小野寺に対して債務確認書(<証拠略>)を示して被告会社印の捺印を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。その主張は争う。
原告を含む選定者は昭和四八年八月一日付で東京地方裁判所から競売代金交付通知を受けた。右代金受領のために原因証書を持参する必要があったので、選定者の一人である稲毛が組合の笹川一派の西沢書記長に尋ねたところ、同人から処分してしまって既にないと返事されたので、同月一六日原告を含む選定者が被告会社代表者柿木卓美に債務確認書の捺印と印鑑証明書の交付を求めるため、有限会社柿木総合開発に赴いた。同人不在のため右書類を預け、翌一七日選定者のうち赤松・武田らが再び同社に赴いて捺印済の右書類(<証拠略>)を受領した。印鑑証明書(<証拠略>)は更に翌一八日受領した。これは原告を含む選定者の当然の権利を確認したものである。」
と述べた。
被告は、答弁として、
「一 請求原因一の事実は認める。
二 同二の事実中旧会社が昭和四六年一月末日事実上倒産したこと、同年二月二日組合と協定を結んだことは認めるが、その余の事実は否認する。
三 同三の事実中原告を含む選定者が別紙債権目録中『退職金等の総額』欄記載の債権を取得したことは否認し、その余の事実は認める。
四 同四の事実は否認する。
五 同五の事実中原告を含む選定者所属の組合が昭和四六年二月二日旧会社との間に、退職金・解雇予告手当等三〇〇〇万円につき原告主張の建物に抵当権を設定する旨約し、その登記を了したこと、旧会社が同年一月末日倒産し、その後旧会社の建物・車両・備品等を税務署・健康保険組合等その他債権者に差押えられたこと、車検切の車両があり、営業停止処分を受けた車両もあったこと、改訂運賃が旧会社には適用されなかったこと、組合が運賃収入を管理していたこと、旧会社の経営者が土地を処分して労働債権を支払うと表明していたこと、組合が土地建物を占有していたこと、原告を含む選定者が他社へ転職したこと、その後残留していた組合員(原告のいう笹川一派の組合員)が二二〇〇万円を得たことは認める。その余の事実は争う。
原告を含む選定者は昭和四六年六月三日から同年一〇月一一日までの間に任意退職した。その経緯は次のとおりである。即ち、原告を含む選定者は組合の組合員であったが、組合の中で、組合監視のもとに営業を続け、売上金を組合の管理下におき、これから給料等の支払を優先して受けながら、会社側と団体交渉を続けて解決を図ろうとする笹川雅雄と、この際一拠に処分換価して解散を図ろうとする小林喜一が組合の委員長を争い、笹川が当選した。原告を含む選定者は小林を推していたが、同人が敗れ、組合の方針が笹川によって決定されるや、その方針に不満を持ち、組合を脱退して、任意に会社を退職し、新しい職場に移って行った。会社は昭和四七年二月二二日組合と団体交渉のうえ企業閉鎖に伴い従業員を解雇することとした。
それまでの間、旧会社は組合とはある部分で利害が対立しながらも、他の重要な部分では労使協同して困難な経営状態のもとで、車両の遣繰をしつつ債権者との交渉を続け、企業継続の方向で努力を傾けてきた。組合員は仕事の合間に旧会社事務所等に泊込んで資産の散逸を防ぎ、他の債権者の不法な介入を防止してきた。これに反し、原告を含む選定者は早々と会社に見切をつけ、新しい職場に移転した。
旧会社は不渡手形を出した後、組合と団体交渉を行い、昭和四六年二月二日協定を結んだ。その協定中、旧会社は組合員の退職金・解雇予告手当分に相当する総額三〇〇〇万円を限度とした抵当権を富田健一名義の土地に設定する旨の条項があった。これは当時の旧会社経営の実情を慮り、万一倒産して企業を閉鎖する場合の労働債権確保の引当として、いわば安心料として抵当権を設定しようとしたものであって、抵当権設定時に現実に確定した債権が存在したわけではなかった。しかし、実際には組合名義で三〇〇〇万円を極度額とする根抵当権の設定が手続的に不可能であると判断したので、やむなく各組合員毎に債権額を割振り、その額を極度額とする根抵当権を設定するに至った。原告を含む選定者自身その極度額たる債権の中味を知らず、退職金が幾何なのか、その他いかなる債権があるのか、明らかにしない。原告を含む選定者には退職金債権しか考えられないのであるが、旧会社の退職金規定によって算出される金額は一部の選定者を除いていずれも競売代金交付額を下廻る金額である。
従って、登記された極度額は未発生の債権を含んでおり、旧会社が解雇を決める以前に任意退職した原告を含む選定者は解雇予告手当・一時金を受ける資格を有しないので、根抵当権設定登記の極度額は競売代金交付時における原告を含む選定者の債権額を示すものではない。
なお、被告会社と組合(原告はこれを殊更笹川一派という。)とは交渉の最後の段階である昭和四七年二月二二日に、被告会社が組合に二二〇〇万円を支払うとの合意に達した。この時点では原告を含む選定者は既に任意退職していたのである。
六 同六の事実中原告を含む選定者が原告主張の金員を受領したことは認める。その主張は争う。」
と述べ、抗弁として、
「仮に被告会社が原告を含む選定者に対して作成した書面に原告主張のような債務の存在を承認したかの如き意思表示が含まれているとしても、これは旧会社の経営陣が総退陣して被告会社名に商号を変更した後、原告を含む選定者が新たな経営陣に対して虚構の事実を申向けて事実を誤信させてなしたものであるから、被告は昭和四九年七月五日の口頭弁論において右意思表示を取消す旨の意思表示をした。
その経緯は次のとおりである。即ち、原告を含む選定者の代表数名は昭和四八年八月一八日東京都新宿区西大久保三丁目の有限会社柿木総合開発を訪れ、同社経理部長松本進・総務部長小野寺見千保に対し、債務確認書(<証拠略>)なる書面を示し、『これは裁判所で作って貰ってきた書類である。これに被告会社印を押して貰わないと裁判所から配当を受けられない。是非押してくれ。』と言って、競売代金交付手続実施のために必要なものであり、そのためにのみ便宜的に使用するものであると説明して頼んだので、松本・小野寺は被告会社が原告を含む選定者に対して債務を負うことを承認する趣旨であるならば捺印しなかったけれども、原告を含む選定者に同情して、競売代金を受取るためのみとの言を信じて被告会社印を捺印した。
なお、後日判明したところによれば、原告を含む選定者は柿木総合開発を訪れる前に、組合執行委員長をしていた笹川雅雄を訪ね、債務確認書に捺印するよう求めたことがある。そのとき同人から『紛争解決前に勝手に任意退職した君らに解雇予告手当や一時金が支払われる筈もないではないか。組合は長期間に亘って旧会社と協力して経営参加してきた結果、一時金等も獲得するに至ったのだ。君らが組合員と同一金額を要求できる理由がない。』と言われて困った後に柿木総合開発を訪れたということである。」
と述べた。
《証拠関係略》
理由
一 請求原因一の事実、同三の事実中原告を含む選定者が別紙債権目録「退職金等の総額」欄記載の債権を取得したことを除くその余の事実、旧会社が昭和四六年一月末日事実上倒産したこと、同年二月二日旧会社と原告を含む選定者所属の組合とが協定を結び、旧会社が退職金・解雇予告手当等三〇〇〇万円につき原告主張の建物に抵当権を設定する旨約したこと、原告を含む選定者が原告主張の金員を受領したことはいずれも当事者間に争がない。
二 そこで、原告主張の債権の有無につき検討する。
1 右協定の成立・登記について見るに、右争のない事実に(証拠略)を綜合すると、旧会社が昭和四六年一月一三日整備工場を閉鎖し、同月二七日には給料も六割しか支給せず、遂に同月末日不渡手形を出したので、組合はその後の旧会社の経営に多大の関心を寄せ、企業閉鎖あるいは会社解散の場合、労働債権の確保ができるかどうかに不安を抱いて、同年二月二日旧会社と協定を結んだこと、それには給料の支払について確約を取付けたほか、従業員が離職せざるを得ない場合を慮って、将来の退職金・解雇予告手当等の総額を三〇〇〇万円と予想し、旧会社が富田健一所有土地に抵当権を設定することを約したこと、実際には組合が抵当権者となって登記することが登記実務上不可能と分り、その目的を達するために、便宜的に三〇〇〇万円を従業員一〇七名各自が抵当権者とすることにして、債権額を割振り、原告を含む選定者については別紙債権目録「退職金等の総額」欄記載のとおりとして、同月二四日雇傭契約の給与債権を被担保債権として、旧会社所有の原告主張建物に根抵当権設定登記を了したことが認められる。(人証略)中右認定に反する部分は採用できない。右協定においては富田健一所有の土地に抵当権を設定することになっていたのに、登記簿上旧会社所有の原告主張建物に根抵当権設定登記がなされているが、その経緯は、本件において明らかでない(<証拠略>によれば、右建物が昭和四六年二月一三日に保存登記されたことが認められるので、右協定当時は未登記であったことになり、本件の根抵当権設定登記に先立って急いで保存登記されたのではないかと推測されるだけである。)。
2 右のように従業員各自に割振られた債権が、協定での名目は退職金・解雇予告手当となっており、登記簿上は給与債権となっているものの、正確にはいかなる種類の債権で、その額が幾何のも(ママ)によって構成されているかについて、(人証略)の結果によるもこれを明らかにし得ない。ただ(人証略)には、債権額について、これは規定退職金の一・五倍、解雇予告手当二か月分であるとの部分がある。確かに、(証拠略)によれば、前記整備工場閉鎖の際、解雇予告手当二か月分が支給されたとの記載があることを看取できるけれども、旧会社が未だ閉鎖するかどうか必ずしも明らかでない段階においてそのような合意がなされたとは考えられず、(証拠略)によるも、前記協定からは特別退職金や二か月分の解雇予告手当を支払う合意のあったことを窺わせる記載はない。しかも、(証拠略)を綜合すれば、旧会社の退職金規定は昭和四六年一月二〇日改訂されたばかりであり、この規定は自己都合による場合と会社の都合による場合とを区別することなく、退職金額は同額とする扱になっており、この規定に従って原告を含む各選定者の後記認定の各退職の日を基準として退職金額を算定しても、選定者野口一勇、同深井敏之を除くその余の選定者のそれは別紙債権目録「受領額」欄記載の金額よりも少いものとなることが認められる。まして、これを前記協定の成立した昭和四六年二月二日の時点で算定すれば更に少額になるといわなければならない。そして、前記協定成立時における原告を含む選定者の解雇予告手当額が幾何になるか、それが三〇日分の平均賃金であれ、二か月分であれ、その算定のための資料としては(証拠略)だけであり、これによるも明らかでなく、他には何もない。(人証略)中にある如く、退職金算定にあたって勤務年限四か月以下は切捨て、五か月以上一二か月未満を一年に切上げるという方式をとったとしても、このようなことは従業員各自にとって極めて関心の高いものであり、容易に試算できると考えられるにも拘らず、(人証略)によって、同人らがかかる事実を全く知らなかったことが窺われるのに対比すると、(人証略)をそのまま採用することは困難である。このことは、(証拠略)によって認められるとおり、組合が昭和四六年一一月八日規定退職金のほかその半額強に当る特別退職金の支払を要求したけれども、被告会社の受入れるところとならず、翌四七年二月二二日の協定にも特別退職金が含まれていないことからも裏付けられるところである。前示登記の経緯から考えても、登記された債権額は確定した債権額を忠実に反映したものと見ることはできない。
原告は選定者が離職した後も残留していた組合員六九名の登記された債権極度額の合計が二〇〇四万円余になることと、後日被告会社が右組合員らに支払った二二〇〇万円とがほぼ一致することを根拠に、あたかも登記された債権が現実化したかのように主張する。しかし、後記認定のとおり被告会社が支払った二、二〇〇万円は被告会社と組合との昭和四七年二月二二日の協定に基づくものであるから、右主張を採り得ない。
3 原告を含む選定者二一名が前記協定成立の日、あるいは登記の日に、既に退職していたとか、解雇されたとか、あるいはまた解雇を予告されていたとかを認めるに足る証拠は何もない。旧会社が昭和四六年一月末日不渡手形を出したということだけでは、将来そのような事態に立至る虞があるとはいえても、このことから直ちに原告を含む選定者を始めとする従業員の退職あるいは解雇(予告)の事実を推認することはできない。のみならず、旧会社が倒産後建物・車両・備品等を税務署・健康保険組合等その他債権者に差押えられたこと、車検切の車両があったり、営業停止処分を受けた車両もあったこと、改訂運賃が旧会社には適用されなかったこと、組合が運賃収入を管理していたこと、旧会社の経営者が土地を処分して労働債権を支払うと表明していたこと、組合が土地建物を占有していたこと、原告を含む選定者が他社へ転職したこと、その後残留していた組合員(原告のいう笹川一派の組合員)が二二〇〇万円を得たことは当事者間に争がなく、これと(証拠略)を綜合すると、組合は旧会社倒産後も先ず労働債権の確保を目的として闘争体制を組み、旧会社経営者と交渉を重ね、そのために経営者の言を信じて企業の継続・再建のため、旧会社の了解のもとに組合が運賃収入を管理するような形で車両を動かし、他の債権者の介入や旧会社資産の散逸を防ぐため、組合員が交代で旧会社建物に泊込む等していたが、旧会社経営者自身土地を秘かに処分しようとしたこともあったばかりか、車検に出せないまま動かせない車両があったり、昭和四六年五月二六日頃陸運局から一五日間二五台の営業停止処分を受けた車両もあったりし、同年八月九日旧会社所在土地を売却して労働債権を一〇〇パーセント最優先に支払うとの協定を結び、同年一一月八日労働債権確保のための団体交渉をしたりしていたこと、一方原告を含む選定者は、旧会社の資産もさほどなく、果して労働債権の満足を得るかどうか必ずしも楽観できない状勢であり、中には野口一勇のように個人タクシーの免許を得たものも出、稼働車両の減少とともに実収入も減少し、生活維持のため昭和四六年六月三日、同月一九日、同年七月一〇日、同月二〇日に各一名、同年九月二〇日四名、同月三〇日六名、同年一〇月二日三名、同月四日二名、同月一一日二名がそれぞれ旧会社を離れて他社に就職したこと、従って原告を含む選定者の離職票には「自己退職」と書かれていること、旧会社経営者富田健一は昭和四六年八月下旬頃一時所在を眩したりしていたこと、組合は同月三〇日定期大会を開いて労働債権確保について討議を重ね、新執行部を選出して、要求貫徹のため闘争委員会を固めたこと、やがて有限会社柿木商事(後に有限会社柿木総合開発と商号変更)が旧会社を譲受けることになり、組合は翌四七年二月二二日交渉の結果同社から当時残留していた組合員七二名(六九名に新加入三名)についての労働債権と解決金を併せて二二〇〇万円の支払を受ける確約を取付けたので、従業員の整理解雇に同意し、同年三月七日五十数名が、同年四月七日には組合の残務のため笹川・西沢を残して全員が離職したものの、現実の支払があるまで組合員として留ることになっていたこと(因みに残留組合員の離職票には「事業縮少による人員整理」と記載されていること)、かくして組合は、支払の見込がついたところで労働金庫から借りて組合員に一部支払い、昭和四八年五月二七日には残金の支払とともに組合を解散したことが認められる。
右認定事実に基づいて考えると、原告を含む選定者の離職は任意退職と見るほかない。原告は仮令形式は任意退職であっても、整理解雇と同視すべきであると主張するけれども、原告を含む選定者が旧会社を離職するに際し、そのような気持を抱いて去ったであろうことは容易に推測できるところではあるが、だからといって、整理解雇が現実化するのは原告を含む選定者離職よりも後のことであることから考えても、これだけでもって整理解雇と同一に評価することはできず、他にこれを認めるに足る証拠はない。
してみれば、原告を含む選定者に対して解雇予告手当が支払われる根拠は何もないといわざるを得ない。
4 なお、原告は債権額が登記されたことをもってこれを確定債権と主張するが、単に登記されたことだけでそういえる筈はなく、実体的に確定することが必要である。もっとも、登記されたのが根抵当権である以上、その債権極度額は継続的法律関係である雇用関係によって発生する賃金債権を担保するものであるから、給与のほか退職金・解雇予告手当等がこれに含まれることはいうまでもない。しかし、(人証略)によると、原告を含む選定者がそれぞれ退職する際、給与の未払がなかったことを(ママ)窺い得るところであり、解雇予告手当については前示のとおりこれを問題にする余地がないので、ただ退職金のみを問題にすべきこととなる。
(証拠略)によれば、選定者である野口一勇の退職金額は二七万六〇〇〇円、深井敏之のそれは二八万二六六七円であることが認められる。そのうち野口が二三万〇五一四円、深井が二一万三八〇一円を受領したことは原告の自認するところであるから、野口については四万五四八六円、深井については六万八八六六円が未だ残存していることになる。その余の選定者の退職金額が原告の自認する受領額よりも少いことは前示のとおりである。
三 更に原告は被告がこの債務の存在を承認し、支払を約したと主張する。(証拠略)には、まさに原告の主張するとおりの記載があることを看取することができる。しかし、この記載された債権なるものが実体的に発生原因を欠いていること前示のとおりであるから、右書証作成の経緯について検討すべきことになる。(証拠略)の結果によれば、右書証の作成経過につき多少の不一致があるにせよ、昭和四八年八月一八日頃原告を含む選定者の代表として稲毛らが有限会社柿木総合開発を訪れ、同社の小野寺らに対して、原告主張建物の競売代金交付につき裁判所から通知がきたものの、その受領のために債権証書が必要となったにも拘らず、それがないので、新たに債務確認書を作成して、これに被告会社の捺印を求めたこと、小野寺らは右債権額と登記簿上の債権額とが一致するのを確かめて捺印したことが認められる。(証拠略)中には、小野寺らがさほど説明を受けないのに、債務があるのを確認する趣旨で捺印したとの部分があるけれども、前掲証拠によって窺われるように、原告を含む選定者が退職後二年位して突然に訪れ、しかも初対面であることと対比すると、被告会社が説明を受けることなくそう軽々と捺印するとは考えられないので、右人証の供述部分をそのまま採用することは困難である。
してみれば、右認定事実だけで被告会社が原告を含む選定者に対してその主張のような債務承認をしたと認めることはできず、むしろ競売代金の交付を受けることを承諾して、そのための便宜的なものとして前顕書証を作成したものと認めるのが相当である。そうであるならば、(証拠略)をもって原告主張事実を認める資料とはなし難い。
なお、(人証略)には、被告会社代表者柿木卓美が組合に対して二二〇〇万円の支払を確約した団体交渉の席上で、現在組合員ではないが、以前従業員だった者、即ち原告を含む選定者についても組合員と同様に支払う意向があるかの如き言を洩らしたとの部分がある。しかし、右証言自体漠然としていて、果してどこまで真相を伝えているものか、これだけで原告主張事実を認めるには未だ十分でないうえ、被告会社代表者柿木卓美尋問の結果及び弁論の全趣旨に徴して右証言部分を採ることはできない。
四 してみれば、被告は原告に対し野口一勇関係で退職金残金四万五四八六円、深井敏之関係で同じく金六万八八六六円と右各金員に対する退職の後である昭和四八年八月一九日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告の本訴請求はこの限度で理由があるのでこれを認容し、その余は理由がないので棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条但書を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 富田郁郎)